(0) 「奥信濃の山野」
私が信州にはじめて足跡を残したのは、1956年の8月のことです。大学で同
級になった友人の誘いで、松本まで出向き、松本城を見学し、中央アルプスの
尾根を歩いた時でした。
また、帰りには、小諸で下車し、小諸駅から徒歩で浅間山の頂上に登りまし
た。最短距離を歩くのだと称し、道ではなく畑の中を通り、藪を突き抜け、炎
天下を頂上へと向かいました。
小諸の駅を午前8時半に出発し、バスの終点近くの山小屋に着いたときには、
午後5時を回っていました。山小屋に荷物を預け、軽装で頂上を目指したので
すが、頂上付近はひどい霧で、着いたときには暗くなりかけていました。その
上霧はいっそう深く、足下さえ、満足には見えません。
そろそろ火口ではないか、と足元を見ると、足半分が噴火口に出ており、ぞ
っとしました。これはいけないと、噴火口一周をあきらめ、下山しましたが、
あいにく、激しい雨となり、やむを得ず、山頂直下にあった、都立大の浅間山
の観測施設に泊めてもらいました。
翌朝早く、下の山小屋へ降りると、そこの主人が「よかった!よかった!」
と喜んで迎え入れてくれました。午前8時まで待って、下山してこなかったら、
捜索隊を出そうと相談していたところだ、と話してくれました。忘れられない
思い出です。
都立大の方々にも、山小屋の主人にも、また、誘ってくれた友人にも、今も
ってこころから感謝しています。
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